養蜂家の弟子とシャーロック・ホームズの愛弟子

国土が小さい英国に,米国やオーストラリア,アルゼンチンのような大規模養蜂企業はありませんが,趣味養蜂の伝統は脈々と受け継がれています.シャーロック・ホームズが1903年にロンドンのベーカー街からサセックス丘陵の田舎に引っこみ,ミツバチを飼って晴耕雨読の暮らしをしたという話は有名ですね.

米国の現代作家,ローリー・キング作に「シャーロック・ホームズの愛弟子」があります.その原題〝The Beekeeper’s Apprentice – On the Segregation of the Queen“を直訳すれば,「養蜂家の弟子・女王蜂の分蜂について」,ホームズがサセックスで執筆したとされる『実用養蜂便覧--女王蜂の分蜂についての観察記録つき』を踏まえてのことで,名探偵シリーズのパスティーシュであることを明らかにしているわけです. 
実はまだ探偵業をやめてはいない養蜂家ホームズの弟子となるのは,15歳の主人公のメアリ・ラッセル.彼女は米国カリフォルニアでの不幸な事故で両親と弟を亡くし,母から相続したサセックスの農場に伯母の監督のもと住むべく,1915年にイングランドに来ました.口うるさい伯母を避けて,聡明で行動的なラッセルは本に鼻を突っこみながらサセックスの丘を歩き回り,草原に座って訪花する蜂をみていたホームズをあやうく踏みつけそうになります.少し言葉を交わしたホームズは彼女がミツバチの行動を詳しく正しく観察していることに気づき,改めて少女に興味をもつ,というイントロで始まります.ラッセルはホームズのもとに通い,幅広い探偵技術の訓練で鍛えられ,ハドソン夫人からもおいしい食事と慈しみをうけ,やがてオックスフォード大学に進学.発生する事件に,一人の自立した女性として,探偵技術を教え込まれた弟子として,ホームズと共に関わり危機を乗り越えるうちに, 大きな年の差を乗り越えて公私ともにパートナーとなり,さらに数々の冒険に向かいます.
「シャーロック・ホームズの愛弟子」はメアリ・ラッセルシリーズ第1作で,養蜂がらみの言及が満載です.ただ一つ私が「?」とおもうのは,オックスフォードでは氷雨で厚いコートも役に立たないほどの厳寒の12月に,非常に頭の良い悪役が,ホームズが毎朝内検をすることを予想して,巣箱内に爆薬を仕掛けたことです.ふたを開けると,隣の巣箱が爆発し,ホームズは背中にひどいやけどを負います.イギリス海峡をのぞむ英国南部サセックスダウンズの気候はロンドンやオックスフォードに比べて,それほど温暖なのでしょうか.