ミツバチの花への忠誠

ある区画にいろいろな種類の蜜源植物が一斉に開花していたとしても,そこに飛来した一匹のミツバチが再び巣に戻るまでの間に訪花するのは,1種類の植物だけにほぼ限られ,ほかの植物は無視されます."花への忠誠“とよばれるこの行動故に,ミツバチはその辺にいるほかのどんな昆虫にも勝る,優れた花粉媒介者となっているのです.

ミツバチはほとんど信仰にも似た熱烈さで,花への忠誠を果たします.外勤蜂がとある開花中の一区画,たとえばナシの果樹園に飛んできたとしたら,彼女はその畑をすでに訪れたことがあるか,あるいは巣仲間の探索蜂が梨花の甘い香りで採餌へ誘うのにリクルートされたかのどちらかです.まっしぐらにナシの花をめざし,こちらのナシの木からあちらの木へと飛び回りますが,ナシの足下に咲くタンポポの花蜜と花粉には全く興味を示しません.この外勤蜂が体に付着したナシの花粉を1本の木から別の木へと移していくことで,ナシの花は受粉し結実できます.だからナシの木(及びナシ農家)にとって,ミツバチのこの行動は何物にも代えがたい利点といえましょう.もしもミツバチがナシからタンポポに,その次は道路の向こう側に咲くクローバーにと,つぎつぎ訪花先をかえて飛ぶようなら,花蜜は集められても,植物の花粉媒介はまるで進まないのです.
実はナシの花蜜は糖度が低いので,ミツバチにナシの蜜はあまり魅力がありません.同じバラ科のサクラはもっと甘くて,人気があります.サクラの花にだけ次々訪花して集められた花蜜がこの外勤蜂の巣にはこびこまれ,同様にサクラ花蜜を集めたほかの採餌蜂のものとあわせて,内勤蜂によって濃縮されれば,サクラハチミツができあがります.もちろんこのコロニーの蜂のなかには,同じ区画に飛んでいくけれど,サクラを完全に無視して,地面に咲くタンポポに忠誠を尽くし,この種の繁栄に貢献する者もいるのでしょう.
さらにこの行動によりえられる大切な利点として,外勤蜂が多様な養蜂植物にそれぞれ忠誠を尽くす結果,巣に持ち込まれる花粉が多様になり,タンパク質,酵素,脂質,ビタミン,ミネラルなど,その成分組成も多様になることがあげられます.もしもそのコロニーがナシ花粉しか食べられないなら,栄養不良になるかもしれません.ミツバチの健康も人と同様に,バランスのとれた食事が必要なのです.

   
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